深い河(講談社文庫)
遠藤周作著
神は俗悪なあれこれを使ってまでも、我らを導き給うのです。
すべてのものに神は宿り、善のなかにも悪が、俗のなかにも救いがある。西洋の合理主義の中で失われた僕らなりの信じがそこに散見される。
規律に寄りかかって生きるのとは違う、自分の目にリアルに、現実との繋がり感をもって映る信じの形は、いつもあやふやなで頼りないのだけれど、頭の中のどこかに自分だけの神様のイメージはあったりする。神様っていう言い方をしてよいのかどうかも明確でないようなイメージ。
私は無宗教だけれど、沖縄の先祖崇拝や、タイの精霊信仰なんかは格好いいと思う。右なんだか左なんだか、はっきり答えを出せないことを許容できなければ、神様の意味なんてないのだ。
そういう考え方をしている自分は、まだ死ぬほど辛い思いをしたことがないからなんだろう。予定はあるから、日々心がけたい次第である。
西洋の神様と東洋の神様の違いが分かるよね。
さすがですねー。
結構、ここいらも西洋の神様に支配されちゃってる感があるので、そろそろ取り戻したいところです。その点、アラブ人ってのは凄いっすね。やり方には異論ある向きも多いでしょうけど、もしかしたらあのくらいでないと守れないのかもしれませんね。