2023年01月19日

山川港に行ってきた

かつて薩摩と琉球をつなぐ海の玄関口であり、いまも微かにその名残を残す、鹿児島県の山川港へ行ってきた。海路の途中にある屋久島には、琉球からも薩摩からも唄や踊りといった文化的な影響がみられ、混ざりあって今日に至る。

琉球人鎮魂墓碑は、近年になり協賛金を集めて建立されたもの。香炉は沖縄風のお線香、ウチカビを燃やせるようになっている。
江戸時代に当地で客死した琉球人の墓が多数あったものの、西南の役戦没者招魂塚を建立した際、取り壊されたらしい。扱いが実にぞんざいである。

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琉球人鎮魂墓碑の奥に、琉球との藩の専売貿易で財を成した河野覚兵衛家の墓がある。

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さらに藪の向こうには、かの廃仏毀釈で廃寺となり散逸していた墓石を集めた旧正龍寺跡墓石群だ。

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山川石がふんだんに使われており、山川石フリークには堪らないだろう、そうだろう。

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町中の至るところに石敢當がある。言わずと知れた琉球由来の魔除けである。魔は真っ直ぐやってきて丁字路でぶち当たる。もちろん山川石でできている。

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この怪しい男に声をかけてくれたご高齢と思しき御婦人は、生まれた頃には既に唐人街や蔵は跡形もなかったと語った。

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そして翌日。昨日訪れた山川港をフェリーの船上から眺める。海からだと湾になっているため造船所や漁協は見えない。まさに天然の良港である。昨日は山川→根占フェリーは欠航していたけれども、湾は凪いでいたので不思議に思ったものだが、長崎鼻で外海を眺めれば白波が立っていたから得心がいった。江戸時代は琉球からの船が山川港で荷を下ろし徒歩で城下を目指した。帆掛け船は風が良ければ一昼夜で奄美大島まで行ったという。

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下の写真の真ん中あたりに湯気が上がっているのが見えるだろうか。これは九電の地熱発電所である。

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ところで、道の駅山川港活お海道の海鮮丼のお値打ちっぷりがすごい。こちらは300円。ネタはぷりぷり、卵は甘め。他に450円、600円、750円のバージョンがあり、ネタの種類と量が増える。

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町なかには閉店したカツオ料理屋の看板があちこちに見られる。

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鰹節工場はいまでも操業しており、匂いに釣られた猫があちこちに。薪は燻製に使うものだろうか。

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posted by abesin at 13:58| Comment(0) | 日記
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