2006年06月07日

気が合わない本

打ち合わせで渋谷へ。ここのところ、またぽろぽろと都内に出ることが増えてきた。先日来たときは深夜で空いている店もなかったので、今日は時間までぶらぶらしてみた。HMV渋谷はジャズがクラッシックの階よりも上になって、渋谷っぽくない落ち着いた感じになっていた。DMRはGENELICのモニタースピーカーが入って(あれ、前から?)どかどか鳴らしていた。あれは店舗のBGMに使えるような値段じゃないはずなんだけど。むげん堂に至っては移転だ。前より表通りに移るようだけど、儲かってんのか、儲かってないからなのか。慌ただしい街である。同じくちょっと前に移転したUPLINKの一階にあるカフェのチャイが旨かった。スパイスの風味が鮮烈で、品の良い甘さのはちみつが付いてきた。スターバックスのマサラチャイ(だっけか?)なんて大したことないのだ。


ところで、私は女性作家の小説やエッセイが嫌いだ。嫌いなもののことを書いたりってのはどうかと思うこともあるが、ここは人目を気にして書くスペースじゃないので、気にしない。誰かから怒られたりするかもしれないし、良い作家に出会っていないことを気の毒がられるかもしれない。それもそうかもしれないと思う。

量を読む方じゃないし読んでも近代のものが多いで、断言するのは憚られるのだけれども、多くの女性の文章は何故かするするっと脳に入ってこない。なぜだろう。情報に徹した文章、例えば雑誌の文章なんかは女性の記者も多かろうに、特に気になることはない。まあ男女関係なく、情報誌ではあまり美しい文には出会わないけど。でも、ちょっとでも感情のひだが見え隠れするような文章表現になると、途端にむず痒くなる。

例えば、「そのとき、そこにいる皆で大爆笑した」とか「とてもだるく感じていたから」とか、感情にまつわる描写を細かく書き過ぎる。面白いかどうか、だるいかどうか、ある程度以上のところは読者が想像すべきことであって、お節介だ。それに視点も二次元的で、単一方向の構図からいつまでも脱せない。ある出来事の記述に対して、それが常軌を逸脱していることか、まあそういうこともあるよね的な範疇なのか、読者の立ち位置によって様々な取られ方があって然りだと思うけど、そういう色んな読者がいることを想像できていないっぷりが何だか腹立たしいのである。

ここまで書いて全女性作家を否定するような論調だが、実は単純な話、続けて読んだ三編が私にとってハズレだったので、がっかりしているだけだったりする。銀色夏生と田口ランディとわかぎえふ。うちのカミさんはそこそこ楽しそうに読んでいたので、読者層のターゲットから私が大きく外れているだけかもしれないし、作品自体の価値がどうとか言及したくはないけど、この三冊が私の本棚に残っているのは精神衛生上よくない。まったくよくない。

私は誰とでも仲良く出来るような器用な人間ではないので、こいつと話してるだけで時間の無駄以上の損害を被ってると思ったりすることがあるが、本という間接的な意志伝達で同様の感覚を持ち得るというのは、文字によるコミュニケーションが如何に洗練され、如何に機能的であるかを物語っている。

何はともあれ、これらの著者のファンの方、悪く書いてごめんなさいね。でもきっとあなたとは仲良く出来そうもないから、別にいいよね。
posted by abesin at 02:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類
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